株式会社東京臨床薬理研究所

沿革

  • 1976株式会社メディセル研究所設立
  • 1993株式会社メディセル研究所を発展的に解消して、株式会社東京臨床薬理研究所を設立
  • 2003株式会社東京臨床薬理研究所のCRO部門を会社分割の上、独立させ、株式会社東京臨床薬理研究所にてSMO業務を展開
  • 2004四谷メディカルビルに移転
  • 現在に至る

東京臨床薬理研究所の歩み
~40年以上にわたる臨床試験実施の経験と裏打ちされた実績~

東京臨床薬理研究所の歴史は大変長く、昭和50年(1975年)に現在の株式会社東京臨床薬理研究所の前身である株式会社メディセル研究所の創業に始まります。

東京臨床薬理研究所の前身

杉並区浜田山に事務所を置き、医薬品の研究開発に関するコンサルタント業務を開始しました。昭和53年(1978年)には本社を豊島区西池袋に移し、研究所を拡大、自らも製剤開発の自主的研究も開始しました。 東海カプセル株式会社の協力により、ソットゼラチン・レクタルカプセルによる直腸吸収改善に成功し、特許3件を申請。昭和56年(1981年)になると薬事法の改正に伴い健康成人を対象とする生物学的同等性試験の受託を開始しました。清瀬上宮病院、東京武蔵野病院と提携。臨床薬理学領域は田辺恒義北大名誉教授、国立医療センター臨床薬理学室長石崎高志博士(お二人とも当時)のご指導を受け、ボランティアスクリーニングについては当時自治医科大学循環器内科教授細田磋一博士、椎名誠博士、高沢謙二先生(現信濃坂クリニック院長)の指導と診断・判定を開始しました。

昭和59年(1984年)には駒込に鳳川診療所(治験専門医療機関)ベッド数18床を開設、ついで鳳川第2診療所ベッド数10床を併設。昭和61年(1986年)には駒込に鳳クリニックベッド数10床を開設、長野県小諸市に当社研修所を開設。3診療所とも試験実施のSOPと現場指導、倫理委員会の運営は安田耕太郎氏が受け持つようになりました。

昭和62年(1987年)鳳川診療所より分離独立して、昭和63年(1988年)には治験専門医療機関である早稲田クリニックが豊島区高田に完成し、株式会社メディセル研究所が全面的に 早稲田クリニックを支援して臨床試験を進めることとなりました。

平成5年(1993年)、東邦薬品株式会社(現 東邦ホールディングス株式会社)らの出資により株式会社メディセル研究所を発展的に解消し株式会社東京臨床薬理研究所が継承することとなりました。

以上のように、当社は日本で行ってきた臨床試験および新薬開発の草分け的存在を母体に持ち、その長年の経験のうちには各種の業績を上げてきました。40年以上にわたる臨床試験実施の経験を持つ研究所は他に類を見ないであろうと考えます。安田耕太郎氏は新製剤の特許を得るばかりでなく、GMP・GLPの実施に対応すべく多くの経験を踏まえてGCPの先行実施にまで携わってこられました。